金原瑞人オフィシャルホームページ 柴刈りに行った帰りにおじいさんはシバかれたのですかギブアップ

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金原瑞人オフィシャルホームページ。akashicflower/essey。

柴刈りに行った帰りに、おじいさんはシバかれたのですか?ギブアップ!

カーテンを開けると香港島の左側から朝日が昇る。議会および村の行政は、知事、副知事、国務長官、通訳、4つの政党からの代表それぞれふたりずつの12人によって行われている。トモミさんもあれこれ気になる品があるようで、この小さなお店には結構長居してしまいました。確かにこりゃすごいわ。気に入ったのでお土産候補。安堵感もあってかとても美味しかったです。いや待て、ホテルへ戻るところだったのだから、自力でホテルまで帰り着けばなんとかなるかも。胡麻油の風味が堪りません。タコス、チーズ巻き、オクラのフライ、メキシカン?ライス、豆の煮たやつなんかが、どっさりのっかっていて、そのうえに刻んだレタスを散らしてある。

ここも来年は、文芸書を8冊くらいだす予定。梅干? とりあえず後でね、と答えて乾杯。最大傾斜角38度ともいわれる実際は4?27度らしい急勾配を登るケーブルカーはそれだけで面白い。?香港はもう来れるね」とトモミさん。トモミさんの「もう一回行っていい?」とは昨日のパシュミナ屋。薔薇ジャムは以前から幾度となく試した事はあったのですが、薔薇100%のウムム…な味の物しか知らなかったので、やっと見つけた?ってカンジです。最後にインディアンの土産物屋にはいる。2時30分頃搭乗。その足でペニンシュラへ寄りマノロで靴購入。特に事件もなく到着した香港国際空港は中々キレイ。

朝食には卵の乗ったマフィンをオーダー。全長800メートルのヒルサイドエスカレーターで行った先は、こじんまりとして可愛らしい新中華料理のお店。スワロスキー初め宝飾店の巨大な翡翠や巨大なルビーやらのキラキラ光線はもちろん、なんと憧れの靴屋さんマノロ?ブラニクに「SALE」の文字がっ!!マノロには引き寄せられるように入店するも、まだ早い?とヒヤカシただけで目的の印鑑屋へ。まずはいったところに木の十字架がいくつか並んだ墓地があったスペインの影響で95%がカトリックだが、インディアンの宗教も併存している。なぜか泣きながらタンズでオーダーした印鑑を回収。

座っていた私は殆ど横になるくらいの感覚に笑ってしまったが、立っている人は大変だろうな。ミズーラで会った、来年日本にやってくるという青年ジョエルから教えてもらったレストラン、Josei にいく。そのまま周りや上から火をあてて、とりだせば赤褐色の陶器になる。ドービといわれる土煉瓦造りの赤い家がなんとも不思議だ。それから中国圏の旅行記念なら印鑑でしょうってことで、3人でペニンシュラホテル半島酒店のタンズへ。ヨオコさんとシェアしたもののとても食べきれません。その後マンダリンのショップでチョコとローズペダルジャムを購入。「誘拐されたと思った?」の第一声。

また10月の日本でのブックフェアにも出展するらしい。やはりきいてみてよかった。まずブロックのような四角い石かなにかを置き、その上に、四角いブリキの箱を置いて、なかに陶土で作ったものを並べて、ふたをして?下から火を燃やす。粗末なものばかりだが、どれも花で飾られていて、印象的だ。タンズでは日本と比べ物にならない程の素材と書体の種類の多さに悩みまくった挙句、斜めに入った模様がいい味出してる赤縞瑪瑙をチョイス。ホテルのショップでお土産などを買いラウンジで最後のお茶をしてチェックアウト。今のところ冬の政党が3、夏の政党が1ある。集会場の写真も撮りたかったが、遠慮しておく。

甘い物が美味しいよう。パンフレットを参照 今のアメリカは、社会的な実験室のようなもので、非常に混沌としている。こうして焼いたものの表面を削ったり、こすったりして、飾りを刻みこんでいって仕上げる。火鍋のお店は大盛況で、深夜12時を過ぎる頃もう一回ピークがあるほどという。 時々は日本人もくるようで、インフォメーション?サービスにいたら、神奈川県からきたというカップルに会った。今のところは赤字だが、来年くらいからは黒字になってほしいと思っている。ホテルのラウンジでくつろいだ後、就寝。もう食べれない、と戻ったホテルの窓際のソファからはヴィクトリア湾越しの100万ドルの夜景。

デザートのパイがうまいという話だが、胃の余裕がない。ローズペダルジャム、薔薇ジャムです。いたる所にトホーもなくキラキラする物が?。体重がっ、増えてぇっ!…そりゃぁ、あれだけ好き勝手大量に食べてればあたりまえですね。予想以上の美味しさにいきなり満足なんですが。バスまたはタクシーでも山は降りられるのですが、後ろ向きに進むケーブルカーに乗りたかったんです。廃屋もいくつかあって、案内の人が昔住んでいたという、おばさんの家もそのひとつ。コーズウェイベイは、とにかく人が多くて渋谷みたい。と、スコーンに塗ったジャムの不思議な味に気を取られる。

更に移動がてら旅の楽しみの一つ超級市場スーパーマーケットねを覗く。とりあえず荷解きをして5.1チャンネルなどの設備を確認して遊ぶ。白くて広いバスルームも鏡多し。入れ替わりにやって来る人たちとの楽しいひと時に、こういう旅もあるんだなぁと思いを深める。ちゃんと証明書をつけてくれた。しかし今度はホテルがどっちにあるのか解りません。これまではチカノのインテリというと学究的な人が多かったが、バーカーは違う。とにかく目の前の中国語をなんとか解読漢字って有り難いね。天井が低く、少し背をかがめないと頭がつかえてしまう。ふー、生きてて良かった。

あのー、入り口からベッドが見えないんですけど。2月10日快晴。 このあとサンタフェにもどって、例の画廊にいって、ヘイイーズに会えるかどうか画廊のおじさんにたずねにいく。素晴らしいチカノの詩人で、アルバカーキ生まれ、アリゾナの刑務所の独房で本を読みだし、スペイン語と英語の両方を覚える。夏は涼しくもっとも、このあたりでは湿気は少ないので、夏でも太陽があたりさえしなければ、涼しい住み心地はとてもいいということだ。荷物もあるし一旦ホテルへ戻る事になったのですが…この時、生まれて初めてついにやっちゃいました。不思議な事に、この旅では一日に一つ赤い物を買っている。

メキシコ料理の店だ。akashicflower/essey。トモミさんに頼りきりの海外旅行2回目。香港と言ってすぐ頭に浮かぶのは「九龍城砦」や「返還」程度の私はとにかく好奇心でワクワク。机にはアーロンチェアが普通にセットされてる。通訳というのは、かつてテワ語とスペイン語と英語が共存していたために必要だったが、現在ではただつきあいで出席しているようなもの。超キングサイズのベッドは二人で横になってもまだまだ余裕。9時45分発香港行きの飛行機に乗り遅れないよう、新宿6時35分発の成田エキスプレスにスーツケースごと雪崩れ込む。とりあえずプリンスビル太子大厦とアレキサンダーハウスを脅威の値引き率に驚きつつ巡回。

ヘイイーズの妹さんがいて、いろんな絵をみせてもらうが、昨日、眼をつけていた絵がすでに売れてしまっている。香港までの飛行時間は4時間あまり。写真はいいのかとたずねたら、これだけはだめだといわれた。この間、タブラというパシュミナ屋?で赤色の初めてのパシュミナを購入しました。ドキドキしながらチムサアチョイ尖沙咀駅まで移動です。朝7時頃起床しシャワーと朝食。どれかひとつくらい、お土産にと思って、あれこれみてまわるが、値段が高い。さて、座ったとたんにサーブされたのは揚げたシャコ。少しくつろいだ後スターフェリーで香港島入り。2月8日朝7時頃起床。

これ食べたかったんですよ?っ!スパイシーで香ばしくってメチャクチャ美味しい?。なかをみせてもらう。さっきまでの暴飲暴食を思い出し、ちょっと途方にくれたものの皆でとても美味しく戴きました。 この村の政治組織は、かつては冬の政党と夏の政党があって、それぞれに首長がおり、1年の半分の政治を担当していたが、1930年ごろ、権力争いがおこって、冬の首長派と夏の首長派に村が分裂しかかった。一休みがてら飲茶に連れてっていただく。テイクアウトで待っている人もいる。しかし一般に話されるべき言葉は英語ということになっている。身支度し食堂へ。写真はOKということだったが、一応撮る前にはたずねることにする。

 最近は出版社の合併、吸収による大型化が進み、かえって小出版社であることのメリットがでてきた。トウモロコシの祭りのような時には女性もみることができる。せっかくなので招紅酒を頼むとプラムを入れるか聞いてくる。泣きそうなくらい美味しかったけど無理やりデザートまで辿り着いた時点でオナカいっぱいでギブアップ。計三回の来店となりました。現地はあいにくの雨で、気温も9℃と、この時期にしてはかなり低いらしく結構寒い。次にいいと思っていた絵も売約ずみという。香港、恐るべし。そのダンジョン具合にちょっと怒りを覚えたものの、ボ?としてはいられません。

1680年から1690年ごろにかけて暴動が起こり、教会は破壊され、スペイン人は一時、村からいないくなる。するとフロア別に行き先も路線も違う、わっかりにく?い構造のセントラル中環駅構内である事が判明。その後、New Direction小出版社から詩集をだし、評価を受ける。ヒサコさんにはさっそくお土産を頂き恐縮、ありがとうございます。が、インディアン的な色合いがかなり濃い。また、儀式の集会場は、普通はだれも入っては行けないことになっているらしい。とくに陶器が高い。もっとも今世紀のはじめ、村の人たちが写真というものを知らなかったときに、白人たちがやってきて儀式などの写真を撮ったことがあり、かなりの量のものがスミソニアン※博物館におさめられているという。

だって50パーセントOFFなんだよ?。今回は、同じ期間に香港旅行をされているトモミさんのお友達とコネクティングルームに宿泊。金原瑞人オフィシャルホームページ。値札の?香港$」と併記された「元」がちょっと嬉しいレートはHK$と同じ。シャワーを浴び食堂へ。終わらない誘惑に疲れ果て、逃げるようにマンダリンオリエンタルホテル香港文華東方酒店でアフタヌーンティーをする事に。今晩はヒサコさんのご案内でSOHOと呼ばれるおしゃれな地区へ。量も多いし。I’m lost! つまり迷子です。印鑑とおそろいの赤縞瑪瑙の朱肉入れ薔薇の彫刻入りと赤い箱にセットし、更に赤い巾着に入れて完成です。

グラグラ煮えたぎる鍋に大量の野菜やお肉を放り込み、これまた大量の海老やシャコをムシャムシャ。着いた成田はとても寒かった。が、8年後、ふたたびニューメキシコに宗教使節がやってきて、インディアンとのあいだにある種の同意を得る。おまけにグッチ、サンローラン、アルベルタフェレッティ、ディオール、マノロ?。腹ごなしにランドマーク置地廣場と再度プリンスビルでウインドウショッピング。これは儀式や祭りに使われるもので、正式な儀式のときには女性ははいれないらしい。香港のお店は11時頃の開店がほどんどなので、これまた当フロアのラウンジ奥に会議室があって椅子はぜ?んぶアーロンチェア、会議…するの?ここで?や部屋でまったりしノ?ンビリと出発。

美しい?。村の女性がナバホ族の男性と結婚して村の居住権を主張したことがあるが、このとき連邦最高裁判所は、村の伝統的な習慣に従うべきであるという判断を示した。くそーっ、直線距離で500メートルくらいなのに!観念してタクシーを拾う。なんと、このおじさんが、ヘイイーズの親父さんだった。。ロビーのカウンターでチェックインを、と思っていたら案内係らしき人物がトモミさんに挨拶。得体の知れない漢方薬茶などをお土産に購入し連れて行っていただいたのは街中の大衆食堂。タクシーで空港まで行くと言うのでちょっと驚いたものの、なんと300HK$約4500円程で到着。

香港の3日間は、とても優雅なホテルライフとアットホームな旅というものを満喫させていただきました。到着時はお隣はお留守で二間を繋ぐ扉は閉じられていました。新中華料理は洗練されていてとても美味しいがっ、とてつもなく辛いーっ。このような宗教的な儀式には女性は参加できないし、それをみることもできない。ペニンシュラからどう行ったら良いのやら全く解りません。 まだまだ村の入口のあたりだが、時間がない。でもその考えは甘かった。相変わらずの雨と低気温。ようやく念願の快晴。現在、村の政府には Govenor がおり、国務長官がおり、通訳がいる。これにあとのホテル代をいれると、膨大な金額になる。

え?イキナリ?。とくにサウス?ウェストユタ、コロラド、ニューメキシコ、アリゾナなどを中心に。ホテルへ戻ってラウンジでチョコをつまみにシェリー酒などを飲みゆったりと団欒。フェリーで香港島入りし、昨日行けなかったヴィクトリアピークを目指しピークトラムに乗り込む。質が高く、かつ収入になる本の出版が可能になってきたし、新しい作家は小出版社からでることが多くなってきている。またほかの村では伝統を保存するために、儀式などをビデオや写真を利用しているところもあるらしいが、この村では行っていない。あまりに楽しかったので癖になりそうです。そうこうする内に夕食の時間が近づいてきます。

一週間いたらどうなっていた事やら…。時差はマイナス一時間。ふと、中華人民解放軍ビルもライティングされている事に気づき、ひとりほくそえむ。この日の夕食は昨夜のメンバーに香港人のミシェルさんが加わり名物の火鍋。ビーズやスパンコールも眩しい店内には、インド風のブラウスなども豊富であれもこれも気になります。手短な情報源かもと手にした地下鉄チケット裏の路線図で行き先を確認。ほとんどお帰りなさいという感じでエレベーターホールへ導かれる。しかもすごく高さがあって、とても好み。帰りのフライト時間はすごく速くて3時間15分程。地域に焦点をしぼった出版社で、ニューメキシコの作家や詩人の作品、料理、美術、絵本といったものを幅広くだしている。

リザベーションの名簿にはあるが、村の外にでている人のために不在者投票もある。 そのまま Red Crane という出版社へ。ただお祭りなどの場合は別。ごめんなさい、ごめんなさい、ご心配をお掛けして本当に申し訳ありませんでしたっ。そしてフロア専用のカウンターでの椅子に座ってチェックインを済ませるというセレブな扱いに、あっけにとられたままの私はお部屋へ案内され更に大きく口を開けることに。通りすがりに見つけた蝶模様の赤い財布を購入。なぜかお決まりとなるテーブル席に着くと、これまでになかった窓からの直射日光&反射光が眩しい。トモミさんも別のお皿で食べきれていないようだし、この量どう思います?さて、山頂でのお土産に意味もなく妖しくも手作りっぽいシンプソンズの筆箱ボブが好きを購入。

別バージョンも頼めばよかった。メキシコ料理の盛り合わせというやつを注文する。初めての香港。おなか一杯になり、せっかくの夜景を思う存分って事で海沿いの道からホテルへ。なんとか駅に到着出来た。他にも胡椒がメチャクチャ利いたモツスープとか蒸したり炒めたりの料理を堪能。どうやら意地悪なくらい角度厳しい角を曲がった通路の、更に下のフロアに乗るべき路線があるらしい。そして何とか無事にホテルへ帰還。散策に買い物にと楽しんだ帰り道のフェリー船上では、間近に100万ドルの夜景を堪能。 この出版社は3年前に発足して、地域に焦点をしぼった出版社としてやってきた。

途中、停留所もあって人が乗り込んでくるが、車内は座るかどこかにしがみ付いていないと重力に負けて転がってしまう。 そんな話をききながら、村のあちこちを案内してもらう。というのも、村の儀式や宗教的な伝統を文章や絵や写真で外に発表することは禁止されていて、そのタブーを破ると、死を招くとされているからだ。店の前には10人くらいベンチにすわって順番を待っている。強い光は苦手なのだけど旅先では晴れている方が気持ちがいい。「まっ、まだ一人にしないでくださいっ」と即答の私。今日はヨオコさんも一緒です。店のなかにいたインディアンの青年が、陶器の焼きかたを、写真をだしてきて説明してくれた。

書類だけで済む入国審査を楽々クリアし、市内への足エアポートエキスプレスに乗り込み、窓から見える折れそうなくらい細長い建設中のビル群に中国なんだなぁ?とよく解らない感慨を覚える。全座席山頂方向向きなのには意味がある。…欲しい寝具好き?笑。「ちょっと時間があるね」と、私が小龍包を食べたがっていたのを覚えてらっしゃったんですね、迫りつつある出発時間の隙を突いてに飲茶へ連れて行ってくださいました。掌に乗るくらいの丸い飾りが、150ドルだ。チェックインして待ち時間に少し本屋などに立ち寄り中国写真集などを購入。予定ではビクトリアピークに登るはずでしたが、雨でガスが出ているようだし果たして面白いのか? という訳で、ウインドウショッピングをする事に。

ヨオコさんと合流し、細長?い二階建ての路面電車でコーズウェイベイ銅鑼灣へ。しかし市場は全国的、いや世界的なものをと考えている。午後は出版社に顔をだす予定だ。せっかく晴れたので眺めの良いテラス席を選び、緑に囲まれた美しい空間にリゾート気分を味わう。完全に死角です。ウマイーっ。選挙は1月1日、18歳以上の男性?によって選ばれる。食材の蟹や大きな魚のぶつ切りなどが無造作に置かれ広東語?が飛び交う店内で、先に到着されていたトモミさんのお友達、フジコさん、ヨオコさん、シカさんと円形のテーブルを囲みご挨拶。冬はずいぶん寒くなるらしく、暖炉も備えつけになっている。

帰路につく準備を始めるがスーツケースは意外と余裕。その他山頂でのお買い物を済ませ再びピークトラムへ。 2月7日。そこへトモミさんのお友達で香港在住のヒサコさんがいらっしゃいました。ただ帰国後に恐ろしい事が判明。 17世紀以降、スペインのカトリックの迫害のため、インディアンの伝統的な宗教は一時、地下に潜伏した。表面に描かれているデザインはすばらしいが、それにしても、高い。この日は朝から晴れて空気が澄んでいたせいか光の洪水。中に入ると鏡をふんだんに使ったお部屋。 2月9日朝7時頃起床。この食堂はホライゾンフロアの宿泊客しかこないらしく、ゆったりと朝食が取れます。

すぐに電話をしてもらって、明日の10時に約束をとりつける。ホテルのラウンジで食休みし部屋へ戻ると先に帰国されたシカさんからチョコケーキのプレゼントが。たとえば、いま学校で30人くらいのクラスがあるとすると、その生徒たちの母語が20くらいあることもありうる。いやはやゴージャスな夢が見れそうです。なにかしら足がかりになるかもと思って昨日行ったペニンシュラへ向かう。 村のなかにはいる。たとえば、9時に教会でお祈りをすませると、インディアンたちは顔に絵の具を塗って、集会場地下?で踊りをおどる。特にキクラゲ辛ーい!美味しいんだけどHOTな料理が続き、箸休めに頼んだシンプルなキュウリのサラダのまた美味しい事。

美味しかったです。またスペイン人はインディアンを奴隷として使おうとしたが、インディアンは奴隷になるよりはと、非暴力の抵抗をしたため、黒人の奴隷が輸入されることになる。がっ、通りすがり目が痛い。セントラルへ戻ったところで一旦ヨオコさんと別行動。そしてなんといってもベッド! えっとぉぉキングサイズ…より巨大に見えるんですけどぉ。…その考えにいたるやいなや何事もなかったように香港人を装い現在地を確認する事に。帰国はトモミさんヨオコさん私の三人。 思い切って、150ドルの丸い置き物を買う。思ったよりも早くなかにいてもらえた。よく解らないまま最上階のホライゾンと呼ばれるフロアに到着。

そうこうする内に夕食の時間です。おまけに英語なんて話せない!!辺りを見渡せどトモミさんの姿は見えず、マズイ、このままでは捜索願いを出されてしまう。教会の写真や家の写真を撮らせてもらう。出て来たお料理は二段に盛られた大量のシーフード。つまり、ある意味で、安全弁の役割を果しているともいえるだろう。 Rocky Mountain Association という小出版社の作っている協会があって、100社くらいが参加している。迷子の話をすると?よく無事に戻れたね?」と言われてしまった。「旧正月中だともっとキレイなのよ」とトモミさん。現れたウエイターは黒いチャイナ服で笑っちゃうくらい香港イケメン笑。

香港島を見下ろす大きな窓際でフレンチトースト、ビュフェコーナーのフルーツなどをいただく。そして教会が再建され、現在では95%くらいがカトリックである。サンタクララのなにがしというインディアンが作ったという証明書だ。チカノの定義は人によっても違うが一般には、メキシコ系アメリカ人、メキシコ?インディアンの血をひく者というのが、編集長の意見。一人まんじりともせず待つ事30分、トモミさんが戻ってきました。ちょうど良い頃なので山頂にある山小屋風レストラン?太平山餐廰で昼食を取る事にしました。その後、事無きを得ましたが、衣食住すべての誘惑物があまりにも多すぎると考えに至り私的警戒都市に認定。

その道すがら、夜景をバックにしたカップルや残っていた赤い旧正月飾りなどをヒヤカシ、ホロ酔いに拍車。山頂はとても寒かったけど、香港を一望できる素晴らしい絶景ポイントでした。茶葉や干物貝柱、ナマコ、果物などの豊富さはさすが。南部の墓地を思い出す。宿泊ホテルが九龍半島の反対側に位置するため重い荷物を持ち歩くのもなんだね?って事で九龍駅でタクシーに乗り換え、宿泊ホテルのカオルーンシャングリラ九龍香格里拉大酒店へ。皆さんそれぞれに香港を満喫されていて、料理を楽しむ時などにこうしてお集まりになるのだそう。美味しい、けど量が多くてたくさん食べれな?い泣。

夜景も良いけど夜明けも良いです。年間に12冊くらいの出版。 ジミー?バーカーのエッセイ集をだしていることをきき、ジミー?バーカーについてたずねてみる。二日後の完成が楽しみ。 昼前、サンタクララをでて、サンタフェにもどる。それにしても香港のショッピングセンターは目の毒多し。いえいえ十分キレイです。小さいながらバーカウンターもある。キーは持っていたので部屋で連絡なりを待つ事に。 ホテルにもどって、今までカードで払った金額を計算してみる。似たような建物、似たような通り、似たような工事現場。 この村出身の作家はおそらくいないだろう。これはすごいぞ。

そこで政府と相談のうえ、民主的な選挙を取り入れることになった。さらにおがくずか、もみがらのようなものをかぶせて、蒸し焼きにするとつまり、酸素の少ない還元炎で焼くと黒く焼きあがる。片隅ではハムの切り売りコーナーも。 父権が強く、父親が村の一員であれば、リザベーションのメンバーと認められるが、反対の場合は認められない。現在、アメリカの小出版社は、のこりの19の言葉に発言、表現の場を与えている。どうしよう。「ホンコンはねぇ、ゴハンが美味しいの?」 「良いですねぇ、中華料理は大好きですよ?」「でも大人数じゃないと色んなの食べられないの?」 「中華は二人でもキツイですからね?」「それに、この時期だとセールもやってるの?」 「良いですねぇ、半額以下は魅力ですね?」「だからねぇ?、ホンコン行かない?」…という訳で、またしても電話中イラストレーターのトモミさんに誘われ、あれよあれよと二度目の海外旅行へ出る事になりました。

プラム入り招紅酒にもチャレンジ、ほんのり甘くて辛さに痺れた口に美味しい?。うまいといえばうまいのかもしれないが、鈍い味で、とても最後までは食べられない。

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